住むところがない方や住まい探しで困っている方をサポートする入居支援事業。
それに携わるスタッフはいま、何を考えているのでしょう?
鼎談形式で語ってもらいました。(進行・構成=編集部)
—ふだんは忙しく、事務所で机を並べていてもなかなかじっくりと話を聞く機会がありません。
まず、相談者の方に接する際どのようなことを心掛けているのか、といったあたりから教えてください。
川岸 一番大切にしているのは、相談に来られた方の意思を尊重することです。
「こんな方法がありますよ」という提案が、押しつけや誘導にならないように
気をつけなければと思っています。お互いの距離感に気をつけつつ、でも、
こちらとしては良い形になるよう支援する。そのはざまで、いつも自問自答している感じです。
ときには「やっぱりこう言えばよかったかも……」と反省し、心が重くなることもあります。
そんなときは他のスタッフに話を聞いてもらって、次の相談に役立てます。
ボランティアさんといろいろな話をするのも、とても勉強になります。
東 私たちの仕事では必ず、スタッフやボランティアさんが複数で対応しています。
それはすごく大事。相談者との面談は2人態勢ですし、
アパートの内見にも1人では行かないことになっています。
私は、広い意味でのホームレス状態の方を対象とした
「住まい結び」(キーワード①)を担当し、アパート探しのお手伝いをしています。
ただ、個人的にはあまり「支援」だとは思っていないんですよ。
—え、そうなんですか。
東 もちろん、〈もやい〉がやる以上は住まいを確保するのが
困難な方への支援という趣旨ははっきりしています。
でも、私たちは宅建免許を取得していて、仲介手数料を頂いています。
物件も特別なものではなく一般の市場から見つけてきます。
相談者はある意味で「お客さま」であり、自分のことは
「ちょっと手厚い不動産屋」みたいな感じだと思っています。
内見に同行するときの会話でも、「支援する」「支援される」みたいな関係ではなく、
フラットな関係になるようかなり意識しています。
伊藤 「支援」とか考えなくてもプロに徹することで、結果的に支援になるのではないでしょうか。
川岸 なるほどねえ。
伊藤 ただ、ふつうの不動産市場では「採算が合わない」など
さまざまな理由で切り捨てられがちな方こそ、私たちはなんとか支えたい。
それが「支援」になっているように思います。
東 NPOなので、あまり採算を考えなくてもいいっていう面はありますね。
一方で、民間の不動産屋さんのなかには複雑な事情のある入居希望者に
理解を示してくれるところもあります。
こちらが「採算、だいじょうぶ?」と思うくらい丁寧な業者さんがいるんですよ。
伊藤 ほんと、熱心な業者さんがたくさんいらして、頭が下がります。
東 もちろんそれは一部であって、実際にはすごい割合で審査に落ちてしまう。
過去の借金だったり家賃の滞納の問題だったりで……。
伊藤 そうした過去の事情のために部屋を借りられず、非常に苦しい思いをしていたり、
人生の再出発ができずにいたりする方にたくさんお会いします。
その経験を政策提言につなげていきたいと考えています。
利害の調整は手さぐり
伊藤 私が担当している連帯保証人(キーワード②)の事業では、
入居後もそこに住み続けられるように努めます。
しかし特にトラブル発生時には、ご本人はもちろん、
大家さんや管理会社などから当事者として関与を求められますし、法的な責任もあります。
そうしたときに、なんでもご本人の言う通りにすることがご本人の利益になるとは限りません。
また、だれもが安心した住まいを確保できる社会を理想とするなら、
大家さんや管理会社は一緒に目的に向かう仲間であるはずです。
冒頭の川岸さんの話にも通じるのですが、それぞれの利害が一致しない事態が起きたとき、
どういう対応がいいのか、自分にはまだまだ難しい。
まわりに相談しながら、手さぐりでやっています。
東 入居後もそこに住み続けられるようにという観点は住まい結びでも大切にしていることです。
そのためには、アパートに入居するという選択自体も、物件自体も、
ご本人が納得して自分で選んだものであることがまずは大切だと思っています。
もちろん家賃などの制約がありますので、すべての希望をかなえることはできませんが、
丁寧に説明して、実際の物件も見てもらって、納得できる落としどころを
見つけてもらうというのが私の仕事ですね。
—どこまで伴走できるか、というのは難しい問題ですね。
伊藤 一つひとつの事例にとらわれすぎると山積みの問題ばかりに目が向いて、
身動きが取れなくなってしまいます。あらためて〈もやい〉としての原点を見つめ直して、
できるところからコツコツと行動を積み上げていこうと考えているところです。
入職2年目になって、やっとそういうことを考えられるようになってきました。
現場の経験から提言を
川岸 身寄りがないといった事情で本当に困り果てて、頼れる先を探しまわって、
最後に〈もやい〉にたどり着いてホッとされた方に接すると、「つながれてよかったな」と思います。
公的支援からこぼれてしまった方が流れ着いたようなイメージです。
コロナ禍でさらにそういった状況の方がどんどんあぶりだされてしまっている印象があります。
〈もやい〉が、そのような方を支えたいという寄付者やボランティアさんの
気持ちの結集と考えると、すばらしいことではあるのですが、
これほど〈もやい〉を必要な人がたくさんいるっていうのは、もやっとします。
伊藤 公的機関からの紹介で〈もやい〉につながる方もいます。
つないでもらえてよかった、という半面、〈もやい〉は
自分たちがいなくなってもいい社会を目指していますので、ここで止まってはいけないなと思います。
—それは確かにそうですね。
伊藤 いまは公的なサポートがないから私たちがやっていますが、
公的支援がもっと盤石になると、たとえば沖縄にいる人が
〈もやい〉に「緊急連絡先(キーワード③)をなんとかお願いできますか」
と電話してくるようなことは減るはず。
相談者のいる地域の公的な支援機関、窓口を紹介すると、すでにそのすべてに相談して、
それでもどうにもならなかった、と言われることは多いです。
実際にどういうやりとりがあったのかはわかりませんが、
心身ともに追い詰められて〈もやい〉に相談してきているのは確かです。
東 でも、実際に不動産業界を見ていると、一足飛びに
公助っていうチャンネルにはなじまない面があります。
私も「公営住宅がもっと充実して、困窮者も利用しやすくなれば……」みたいなことを
思うことはありますけど、現実的ではないですよね。
住まいにかかわる公助がどうあるべきかということも含め、
丁寧に議論していかないと実効性のあるものにならないだろうなと考えています。
伊藤 こういう議論をするときは焦点を絞って具体的に話していかないと、
どこまでも平行線、すれ違いですよね。
公的機関だからできること、得意なことがあると思います。
〈もやい〉の経験をもとに、具体的な提言をしていきたいと考えています。
また、公助の充実はもちろんですが、すべて公がやればいいというものでもない。
入居後にトラブルになりやすいところ、大家さんや管理会社が困りがちなところを
洗い出して、どこでどんなサポートがあるとよいのか、対策が取れるのか、
見つけ出すことをこれからもっと時間を割いていきたいです。
東 そう、あまり大きい話をするよりも具体的な話をしたほうがいいのかもしれません。
私たちは実際の場面でのいろんな難しさを肌で知っているというところに一つの意義があるはずですから。
「便りのないのは良い便り」
川岸 私が担当しているシェルター事業(キーワード④)では、
住まいのない方が一時的に入居され、落ち着いてこれからのことを
じっくり考えられる居場所を提供しています。
シェルターに送り届けるとほっとしますね。
ただ、退去されたあと「どうしてるのかな」と思うことはあります。
伊藤 連帯保証人の事業では、基本的には全員と2年ごとに契約更新の面談があるので、
その際に「あれから10年、穏やかに暮らすことができています」といった話をよくうかがいます。
ニコニコしながら「休みの日にはこういうことしているのが好きでね」みたいな話を
してくれたり、ときには路上生活時代の大変な話を聞かせてくれたり。
東 住まい結びの場合はアパート契約がさしあたってのゴールなので、
そのあとは「便りのないのは良い便り」と、私は思っています。
さっき話したみたいに、住まい結びはそんなに「支援色」を出さないようにしています。
だから物件を紹介したからといって「元気でやってます」
といった定期報告がほしいとは特に思っていません。
そう言ってくださる方もいて、もちろんそれはすごくうれしいですよ。
でも、入居後どうなるかなんて誰にもわかりません。
ただ、困ったことが起こったときには〈もやい〉を思い出して
「相談してみよう」となったらいいなと、
そんなかたちでゆるくつながっていられたらいいなと思っています。
—さて、これからやりたいことは?
東 住まい結びの事業は「オーバーワーク気味」と事務所内で指摘されて、
方向転換しているところです。たしかにこれまで現場の手続きや対応に追われて、
一歩引いた視点から実態を見ることができていませんでした。
たとえばトラブル案件をきちんと分析して、
「どんなフォローをすべきだったのか」といった知見を練り上げていきたい。
そのあたりを明確にして、今後どういう方針でやっていくのを考えたい。
そんなことを話し合っているところです。
川岸 シェルターについては、部屋数は限られても、できれば維持していきたいと願っています。
東 大枠としては少しずつ閉じていますよね。
今年度から一部助成金の期間は終わるので、自主財源で運営することになりますし。
川岸 細々とでもシェルターを実際に運営していくことで得られる「気づき」を、
将来の居住支援のあり方について政策提言につなげていけたらいいですね。
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キーワード① 住まい結び
アパート探しが難しい方が増えている事態を受け、〈もやい〉はより踏み込んだ支援のために宅建免許を取得、2018年度から不動産仲介を始めた。現在は広義のホームレス状態の方を対象として、物件探しから内見、申込、契約まで伴走し、不動産業者やケースワーカーとの調整などもおこなう。
キーワード② 連帯保証人
多くの賃貸物件では「保証会社による保証」あるいは「親族の連帯保証人」が必要とされる。〈もやい〉の事業では広義のホームレス状態の方を対象に連帯保証人を引き受けている。しかし〈もやい〉による保証でよいという業者・大家は限られている。
キーワード③ 緊急連絡先
賃貸物件の貸し手側が、入居者本人と連絡が取れない場合に利用する連絡先。おもに保証会社を利用するときに必要となる。〈もやい〉では緊急連絡先の引き受けをおこなっているが、親族の連絡先がないと物件審査に通らないということも少なくない。
キーワード④ シェルター事業
コロナ禍で住まいをなくす人が急増したのを機に開始。東京都ではホームレス状態で生活保護を利用すると施設や無料低額宿泊所への入所を余儀なくされるケースが多いため、個室アパート型のシェルターからアパートへ移行するモデルを行政に対して提起していく。