貧困は、私たちのすぐ隣で起きています。社会問題を「知る」そして知ったあと「動く」方法を一緒に考えてみませんか? 『ファンタジスタ』(集英社・2003年)・『俺俺』(新潮社 2010年)・『呪文』(河出書房新社 2015)など数々の作品で知られる小説家星野智幸さんに、そのためのヒントとなるメッセージをいただきました!(聞き手:おもやいオンライン編集部)
自分の思い込みで現実を決めつけない
貧困に限らず、本当に身近で起きる問題が、見えにくい社会だと思います。
たとえば自殺の問題も、3万人を越える事態がずっと続いているにも関わらず、ほとんどみんな関心を払いませんでした。このような状況の最中NPO法人自殺対策支援センター ライフリンクさんなどが相当運動して、加えて民主党時代に代表の清水康之さんが内閣参与として関わることで、ようやく認知に向かい、機を一にして自殺問題に対するさまざまな改善策が効果を発揮してきました。
一方、貧困問題についても、ある時期から知られるようにはなってきましたが、やはりどこか他人事のように受け取られているのではないかと思います。
自分自身の体験を話すと、2000年代前半に大学の文学部で教鞭をとっていた時に、学生から「就職はどうしたらよいか」という質問をされました。
ただ、そのときは「なかなか仕事先がない」という話を聞いても、「小説を書きたいという人だから、仕事を選り好みしているからなのではないか」と思っていたんです。
なぜなら、自分の時代はそうだったからです。だから、仕事を選ばなければあるんじゃないかと思い、実際そのような返答をずっとしてしまっていたんです。
ところが数年後、実は大変な就職氷河期であること、加えて「ネットカフェ難民」などのキーワードで若者たちの貧困が急速にクローズアップされて初めて、自分が学生に相談を受けた時点でそのような状況になっており、問題は目の前で進行していたのだ、ということに気づいたんですね。
自分の思い込みで「現実はこうなんだ」と決めつけていたから、目の前にあった問題に気づかなかった。そういうことが起こるのだということを、非常に苦い思いと共に体験しました。
だから、以降私は同じような場面に遭遇した時にも、自分の思い込みで決めつけず「自分はその問題について、本当は知らないかもしれない」と考えるようになりました。
本を読み、現場に近づく
ではどうやったら社会問題を知ることができるのか。それはやっぱり「現場を知る」ことが一番だと思います。
ただ、いきなり現場にアプローチしようもないし、どうしてよいかわからない。だから段階として、さまざまな社会問題についてまず本を読みました。
それから、自分のまわりに必ず何らかの問題の当事者や当事者とつながっている人、自分が当事者になる危機を抱えている人がいるということも知ったので、そのような人のつながりをたどってアプローチするようにしました。
そんなふうにまわりまわって、私は〈もやい〉ともつながったし、メキシコ時代の友人である高松英昭くんともつながったように、現場につながる人と出会うことができました。
現場に少し触れるだけでも、まったく実感が変わります。
本を読んで社会問題を知った場合、まだどこかでその問題を自分の世界観に変換している部分があるんです。
けれど、現場に触れるとそれら思い込みは全部打ち壊されて、知識ではなく肌触りや感覚の問題として、体の中に入ってくるんですよね。
最初の段階では、理解もできず絶句し「こんなにひどいことなのか」「どうしたらよいのか」と戸惑うことになると思うのですが、そのような体験し感じることがやはり、一番重要なのではないかと思います。
そうすることによって、それらの社会問題が「他人事から自分の問題へ」と変換されていくのだと思うのです。
問題を知ったあと、焦らないこと
そうやって問題を知った先、ではどうしたらいいのか。
問題を知ってしまうと、とても緊急に行動しなければならないと思い、慌てて何かをしようとする人もいるかもしれません。
ですが、まずは現状そこの問題に関わっているエキスパートの人たちにさまざまなお話を聞いて、そこからゆっくり「何をするか」を判断すればよいかと思います。
ゆっくりそうやって考えていけば、しかるべき時に「じゃあ、自分はこういう形で関わろう」とことがわかってきます。それは問題に取り組んでいる団体への寄附でもいいし、定期的なボランティアでもいいし、一度夜回りに参加するだけでもいい。
そんなふうに次第に「自分が出来る範囲はこれだ」ということがわかってくると思います。
あまり問題を知ったばかりで慌てている状況だと、自分の出来ないことまで「自分がやらなければならないのだ」と変な責任感が出てしまったり、それに応えられない自分に打ちのめされたりして、結局問題に背を向けてしまうことがあるんですよね。
今は特に、いろいろな問題が起きていて、大抵の人が無力感を感じるような状況です。だから、そこで焦ったり急いだりしないで、少しづつ小さなことでもよいからやっていく。
そんなふうに継続していくことが大事で、継続していく人が増えると、それが次第に社会の中でマイノリティからマジョリティへの変化を作っていきます。特に現在の社会状況では、そのような流れが必要で大事かなと思います。
現在の政治を見ていると、こんなひどい状況を一挙に止めたい・一発で変えたいなどと、つい思いたくなることもあります。けれど、長い時間をかけて起こってきた問題というのは、やはり解決にも長い時間が必要です。そういう意味でも、自分で出来る小さな一歩から進めていく。そのかわり、ずっと長く関心を持ち続けながら関わり続けるということが大事なのではないか、と考えています。