10年以上前から〈もやい〉に関わり、「おもやい通信」にも毎回同封されている「サロン・ド・カフェこもれび」のチラシのほか、過去の事業報告書や〈もやい〉ウェブサイトのキャンペーンバナーなどに、素敵なイラストやデザインを提供していただいた山﨑まどかさん。
今号より「サロンチラシ」制作はいったん後任スタッフに引き継がれることになりました。今回を区切りとして、ご自身がどういうきっかけで〈もやい〉に関わりはじめ、そして関わり続けていたのかをおうかがいしました!
2008 年頃からもやいにボランティアとして関わり、サロンチラシをはじめ〈もやい〉の印刷物のイラストなどを担当。現在女性の福祉施設に勤務。作業担当として迷走中とのこと。
〈もやい〉に関わるきっかけ
── 山﨑さんが〈もやい〉と、サロンチラシ製作にかかわり始めた経緯はどういったものだったのでしょうか?
〈もやい〉に関わりはじめたのは2008年ごろでした。
仕事場で開催された勉強会で湯浅誠さんの話を聞き、『反貧困―「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書)を読んで感銘を受けました。
当時自分は某中間支援センターでボランティアを仲介する側の仕事をしていたのですが、〈もやい〉ではじめてボランティアをする側として関わるようになりました。
当時の〈もやい〉は、まだボランティア研修制度もなくて、湯浅さんから「とにかく、ここで見たことや聞いたことをまわりの人に伝えてくれたらいい」といきなり相談対応へ入ることなりました。支援としては混沌としていた
ところもあったのですが、すごく衝撃的な活動でした。
絵を描くこと自体は20代からずっと続けていたのですが、この時の〈もやい〉の活動の様子を知人に話したことをきっかけに、その知人が主催する〈もやい〉への寄附も兼ねたチャリティーライブイベントが開催されることになりました。ここに自分がイラストを描いたグッズを持っていったんです。
そのグッズを見て声をかけてくれたのが、うてつあきこさん(当時のもやいスタッフ。こもれびコーヒー初代コーディネーター)でした。「サロンチラシを作ってもらえない?」この一言をきっかけに2008年からサロンチラシに関わり始めました。
── そんな長い年月サロンチラシに関わり続けることが可能だったのは何故でしょうか?
その当時はフルタイムで仕事をしていたので、相談日にボランティアに参加するのがきついと思っていた頃でした。ですから、家で作業するという形で関われることがありがたかったのです。そんなふうな「ゆるい」関わりの回路があったからこそ、今も〈もやい〉と関係性を保っていられるのだと思っています。
そんな中で、たまたまサロンへ遊びにいくと、そこに来られている方が自分のデザインしたチラシをファイリングして大切そうに持ってくださっているのを見たりすることがあり、それが凄く嬉しかったんです。そんな様子をみて「こういう人にラブレターを描くのだ」と思って、現在まで製作を続けてきました。
これからサロンチラシに関わる方へ
── サロンチラシの製作はいったん今回でスタッフは引き継がせていく形となりますが、今後もボランティアとして製作に関わっていただける方にお声がけしていけたらと考えています。そんな「ちょっとでも関わってみたい」と思う方へ、ご自身の経験からアドバイスをいただけたら。
絵やチラシを作るのはひとつのきっかけです。そのきっかけの中で自分自身が「舫(もや)われて」いく。それが人生の中の喜びのひとつとなるのではないでしょうか。何が自分の人生を変えるのか誰にもわかりません。
今回のことが、誰かのそんな小さな「舫うきっかけ」となれたら嬉しいです。
── 今まで本当にありがとうございました! お疲れ様でした!
サロンチラシについては、今後もボランティアでイラストを描くなどで関わってくださる方を募集しています。ご興味のある方は〈もやい〉事務局まで、メール・お電話にてご連絡ください。