弁護士として消費者金融などの問題に取り組み、さらに反貧困ネットワークを立ち上げ、<もやい>ともたびたび共同して社会へのアピールを続けてこられた、宇都宮健児さん。<もやい>理事長の大西連がお話をうかがいました。
(※本コンテンツはおもやい通信2015年春号に掲載された記事のロングバージョンです)
宇都宮さんと「もやい」の出会い
大西:普段は色々な会議や現場の活動でお会いすることがあるので、改めてこんな風に話すのは恥ずかしいのですが、宇都宮さんと「もやい」の最初の接点はどこだったのですか?
宇都宮:私は弁護士として長年サラ金・クレジット問題、多重債務問題に取り組み、多重債務者の個別救済と同時に被害を根絶するために立法運動をずっとやって来たんです。
当時私達が始めた頃は「サラ金業者」といっていたんですけれど、サラ金が大変な高利で貸す、そして厳しい取り立てをやる、それから支払い能力を越えても貸し付けるといった過剰融資が大きな問題になっていました。「高金利」「過酷な取り立て」「過剰融資」を「サラ金三悪」といい、私達の立法運動というはその三悪を規制する運動だったんです。それはかなり成果を上げてきたんですけれど、利用者がサラ金を利用する原因、ひとくくりにすれば「貧困」という問題は、いくら私達がサラ金の金利を規制したり取り立てを規制したり、過剰融資を規制しても解決にはならないわけですね。
その辺にだんだん気がつきだして、多重債務者の中には夜逃げをして路上生活を余儀なくされている人がたくさんいるということを知り、私自身も炊き出しの現場で路上生活者の無料法律相談などをやり始めたのが2005年頃だったと記憶しています。その頃、現場で湯浅さんらと出会うことがあり、もやいの事務所を一回を尋ねたこともありました。それが「もやい」を知るきっかけですね。
大西:当時稲葉は新宿、湯浅さんは渋谷で路上生活者支援をしつつ「もやい」をやってる頃ですね。その後、いわゆる反貧困運動が起こってくる。
宇都宮:2007年ですね。3月のイベントをきっかけに10月に「反貧困ネットワーク」を立ち上げて、代表に私が、事務局長に湯浅さんがなって。いろんな立場の人が力を合わせて貧困問題を社会的にアピールしようというネットワークでした。その翌年、2008年秋にリーマンショックが起こり派遣労働者に対する大量の「派遣切り」が行われる中で、年越し派遣村に繋がる。この取り組みで貧困問題というのが非常に目に見える形になって報道されました。
大西:ちょうどもやいの活動の中へ「ワーキングプア」という言葉が出現したのが2005年から2006年頃だったでしょうか。僕自身はもやいに関わる前から、新宿で稲葉と一緒に活動をやっていたんですけれど、いわゆるホームレスの方を対象にした相談をしていたはずが、若い人が徐々に増えて来て驚いていたんですね。就職が難しい、あるいは病気や障害を抱えてらっしゃる方々が増えてくる中で、僕らとしても「今までの路上生活の方を支援するやり方では、なかなかどうしてよいか分からないぞ」と戸惑うことも多かった。そんな中で、法律家の方たちであったり、シングルマザー支援をしている方であったり、障がい者支援をしている方、労働組合の方など、新しい支援の形を求めて繋がっていった、そのきっかけとして「反貧困ネットワーク」の役割がすごく大きかったと僕も感じています。
当事者と向き合うことの素晴らしさ
大西:もやいという団体・活動については、率直にどう感じていらっしゃいますか?
宇都宮:まさに究極の貧困状態というのは路上生活を余儀なくされている人だと思うんですね。そういうような一番貧困状態にある人に手を差し伸べるような活動をやっているというのは、大変素晴らしいことだと思います。
大西:恐縮です。
宇都宮:それからまた、やはり貧困の問題について私達はあくまでも支援者で代弁者に過ぎないわけです。その点、当事者と向き合っている活動をやられていることで、一番当事者の思いや抱えている問題を発信できる立場にいるのが「もやい」の活動じゃないかな、と思います。
大西:大変恐縮です。
現場に足を置つつ社会や政治を変える
大西:逆に物足りなさというか、もやいにもうちょっとこういうところをやって欲しいというのはありますか?
宇都宮:今の貧困を広げてきた大きな要因はふたつあると思うんです。ひとつはやはり社会保障制度が非常に脆弱であること、もうひとつは非正規労働者の働く貧困層(ワーキングプア)が拡大しているという労働の問題。それらを変えるには、法律とか制度を変えなくてはならない。それは政治の在り方を変えるということで、その為には全国組織を持たなくてはいけない。それから、財政的な基盤を確立しないと。
私は今年(2014年)の10月に韓国の市民運動をいろいろ視察にいったんですけれど、韓国には参与連帯という組織があるんですね。1994年に出来て20年間で現在1万4千人を超える会員がいて、年間の収入が20億ウォン(日本円で約2億円)という組織があり、55人の専従活動家がいるわけです。そこの初期の活動家が朴 元淳(パク・ウォンスン)さん、2011年からソウル市長です。彼が選挙の時掲げたスローガンは「市民が市長だ」それから「堂々と享受出来る福祉」。そして三大公約として「非正規職員の正規化」「ソウル市立大学の授業料の半額化」それから「無償給食の実施」というものなんですね。日本だと義務教育であっても、給食費は家庭が負担しなければいけない。公的な援助は生活保護によるか、あるいは低所得層向けの就学援助という制度しかない。つまり「選別的福祉」ですね。韓国ではそのような低所得者だけ援助する「選択的福祉」としての給食なのか、全員の子どもを援助する「普遍的福祉」をやるのかの議論があって、結果「普遍的福祉」を訴えてパク・ウォンスンさんは当選しているわけですね。そのような方をソウル市長に押し出すような活動をやれている、参与連帯のような強力な組織がいくつかあるんですよ。だから、韓国の市民運動はもの凄く政治を監視したり政治を変えていく強力な組織になっている。参与連帯がやった運動で、日本でも知られているのが「落選運動」という腐敗をした国会議員を落とせ、という運動です。それが86人の国会議員を「この人は腐敗しているから落とすべきだ」と逆指名して、結果59人が落ちたと。
大西:すごいですね。
宇都宮:そのパク・ウォンスンさんが2000年頃一度日本に来て、日本の市民運動を調査したことがあるんですね。三ヶ月間、日本の市民運動を見てまわる機会を得て、北海道から九州・沖縄までのあらゆるボランティア組織、とか市民運動を調査したんです。その結論は「日本の市民運動の特徴は、全国組織がなくばらばらである」と。たくさん活動自体はあるんだけど、各地ばらばらで、そこに行けば全国各地の市民団体の活動状況がわかるという組織が全くない。
大西:なるほど。
宇都宮:それだと、政治的な影響力は出てこないと。韓国に比べ日本の市民運動というものは政治に距離を置きすぎているし、全国的組織でもないから、ほとんど影響力がない。日本の市民運動の弱さというのは、目の前にいる問題をやるんだけど、政治に影響力を行使出来ない。ひとつひとつの支援活動というのは大変大切な活動だけれども、ちょっと引いたところでみれば、ある意味で政治の尻ぬぐいをやらされているんですね。
大西:もやいに対するアドバイスとしては、全国的な組織を作っていく、そのようなことを呼び掛けていくことが必要だということですか?
宇都宮:貧困の現場に足を置きながらも、そのような貧困を生み出す社会や政治を変えるような強力な運動が必要です。それは日本全体の市民運動についていえることなんです。たとえば原発の問題。原発をとめようと思ったら方法はふたつしかないんですね。ひとつは政治。脱原発派が国会で多数派になって制度を変えればいい。もうひとつは司法を国民の側に取り戻して、最高裁まで差し止めの判決が維持できたら原発を止められるわけです。ところがその司法の監視もちゃんとやっていないんです。
大西:確かに。
宇都宮:韓国の参与連帯は学生などを使って全裁判官を監視しているわけです。それを日本でやろうと思ったら、組織がないとできないわけですね。つまり、本当に国民の側に立った裁判をやった裁判官が、裁判所の中で人事差別や給与差別を受けていないか監視する組織が。本当に国民に向いた裁判所にするには、そういうことをしなければならない。けれど、そこまで考えている人はほとんど日本はいないわけです。日本の市民団体は個々の裁判で勝ったとか負けたとかいうばかりで、あとはデモと集会しかやっていない。
大西:なるほど。
宇都宮:もちろんデモとか集会は非常に重要なアピールなんですけれども、より重要なのは今の日本は代議制民主主義の政治形態をとっているわけですから、その中に自分達の賛同者を送り込むような運動に繋げること。そこをやっていないんですね。
大西:なんか、政治的なコミットメントに対してちょっと苦手な団体が多いかなと考えているんですが。
宇都宮:苦手とか軽視する、とかね。政治はドロドロして汚いものだから、自分達なんかは逆にやるべきじゃないと。だけど、その汚い政治が法律を決めたり、原発を稼働を決めたり社会保障を決めたり生活保護の基準を決めたりしているわけです。だから汚いから、ということで政治に向き合あわなかったり、影響をかけることをやめるというは、ほとんど改革を放棄することに近い。
大西:本当ですね。ちょうど昨年生活保護法が改正されましたよね。その流れの中で、僕も稲葉も政治的な働きかけをかなり頑張りました。各党への働きかけをし、議員さんにはどんどん質問をしてもらって答弁を引き出したり、いろいろやったんですが、なかなか大きな流れを動かすには至らなかった。僕らの力のなさを痛感しました。多くの議員さんや厚労省にも「こいつらのいっていることはちゃんと聞かないといけないぞ」と思われるような説得力や交渉力を持つこと、そのような世論形成の必要性を感じました。その意味で、全国組織というアイディアはとても面白いと思います。
宇都宮:貧困を生み出さないような社会にするためには、支援だけやっているのではなく、そのような実践を踏まえて、当事者の気持ちをくみ取った上で、その声を社会や政治に反映させることが出来る組織作りをやらないとダメですね。そういう人達を生み出さないような社会にするためのアプローチや働きかけを、もっともっと考えなければいけないじゃないかと思います。それが、今の日本社会の貧困問題に取り組んでいる人達に課せられている課題ではないかと私は思っているんです。
大西:市民運動全体のプラットホームというか、受け皿をつくっていかなくてはならない訳ですね。相対的貧困率は右肩上がりに上昇し、6人に1人が貧困といわれています(2012年)。市民が声をあげ、ともによりよい地域、そして社会を作っていく。そういう時代に入ってきているなかで、NPO-NGOの役割はすごく大きくなってきています。私たち「もやい」も日本国内の貧困問題に取り組む団体として自負と責任感をもって取り組んでいきたいと思います。宇都宮さんとも是非今後とも貧困問題だけでなく幅広い社会問題の解決を一緒にやっていきたいと思っておりますので、どうかよろしくお願いします。(了)
プロフィール
宇都宮健児さん
弁護士。元日本弁護士連合会会長。多重債務問題、消費者金融問題の専門家。宮部みゆきさんの小説『火車』に登場する弁護士のモデル。反貧困ネットワーク代表世話人や年越し派遣村名誉村長を務める。
大西連
1987年東京生まれ。ホームレス状態の方、生活困窮された方への相談支援に携わっている。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言もおこなっている。